読書日記

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真保裕一「天使の報酬 外交官 黒田康作」 2013年06月04日

天使の報酬 外交官 黒田康作 (講談社ノベルス)

 著:真保 裕一
講談社 新書
2012/01/06

 映画原作として執筆された「アマルフィ」の続編作品である。前作と、次の第三弾作品「アンダルシア 女神の報復」は映画化が前提で、タイトルが示すように国外が舞台だ。一方、本作はテレビドラマの原作という位置付けで書かれたという事情から、冒頭こそサンフランシスコだが、その後の舞台はおもに国内になっている。ただ、前作同様に、映像版と小説版とでは、いろいろとプロットが異なるらしい。
 
 別件の仕事でサンフランシスコに赴いていた黒田康作は、元厚生労働省の高級官僚の娘・霜村瑠衣の失踪事件に関わる。カリフォルニア大学バークレー校政治学部の学生である瑠衣の失踪は、テロ事案との関連が疑われており、偽造パスポートで日本へ向かったものと思われた。康作も彼女の捜索のために急遽日本に帰国する。
 
 サスペンスフルではあるが、見せ場にはいまひとつ乏しい印象だ。正体が見えない大きな謎がずっと立ちふさがったまま、手探りの調査で物語は進んでいき、なかなか先へ進まない。小説的にもそうだが、テレビドラマならばもっと細かく山場を作っていかないと途中で飽きられると思うのだが、どうなのだろう。テレビ版はこの辺の作りも違っていたのだろうか。
 
 しかし、後半になって物語は少しずつ加速していく。過去の事件との繋がりや、霞ヶ関で渦巻く思惑やら人間関係が複雑で、分かりにくいのだが、それらのベールの向こう側から入り組んだ事件の真相がすこしずつ見えてくる。そしてようやく一件落着。と思いきや。最終盤に、裏の裏側に隠されていた事の真相と「真犯人」が明らかにされるサプライズが待っていた。これだけの事件の「真犯人」の動機が漠然としたままになったのは気になったが、このラストで物語が引き締まった。7点。
 

東川篤哉「謎解きはディナーのあとで 3」 2013年05月25日

謎解きはディナーのあとで 3

 著:東川 篤哉
小学館 単行本
2012/12/12

 
「第一話 犯人に毒を与えないでください」恋ヶ窪の資産家が青酸カリで死亡した事件。自殺か他殺か。他殺なら犯人は誰なのか?毒舌執事は意外な方面から推理してみせる。
「第二話 この川で溺れないでください」世間では桜の花見が盛り上がる季節に、多摩川の河川敷で発見された溺死体は、誰にどこで殺されたものか。桜が手がかりとなる。
「第三話 怪盗からの挑戦状でございます」宝生家の所有する秘宝(?)「金の豚」を頂くと怪盗からの予告状が届く。警察には届けたくない麗子は父親の助言で宝生家かかりつけ(!)の探偵を呼び寄せる。怪盗と探偵!! 怪盗はいかにして密室から秘宝を奪ったのか。もちろんこの謎を解くのは「探偵」ではなく執事。
「第四話 殺人には自転車をご利用ください」容疑者は遺産相続人で元競輪選手の甥。しかし競輪選手と言えど、自転車で被害者宅と往復するだけの時間は無かった。この鉄壁のアリバイはどうやって崩せるのか。
「第五話 彼女は何を奪われたのでございますか」身に付けていたはずの装飾品等が一切無くなった状態で発見された被害者。事件直前に被害者に会った後輩の話によるとやや不自然な振る舞いがあったらしいのだが。
「第六話 さよならはディナーのあとで」本編のみ書き下ろし。国立市内にある、中央線の騒音がやかましい線路脇の自宅で、自身の木刀で撲殺された被害者。一緒に住む家族の中に犯人が?事件解決のあとに、事件とは関係のないサプライズ展開がある。この先のシリーズの行方やいかに?
 
 大ヒットシリーズの三冊目だ。言うまでもないが、本シリーズの特徴は、王道的な謎解きミステリと、随所にちりばめられたギャグとユーモアである。この東川篤哉を特徴付ける作風において、本書に収録された作品はどれも粒揃いである。率直に言えば、とびきり優れているわけではない。しかし安定して一定のレベルをクリアしている。いつもの点数で言うならば、どの作品も7点以上7.5点未満である。人気作家となり、作品生産ペースは相当なものだろうと思うが、(少なくとも本書では)これだけの質を維持しているのは素晴らしい。プロ作家なんだから当然と言えるのかもしれないが、それでも感心してしまう。ライトなミステリが好きな人にはお勧めである。本書全体の点数はもちろん7点以上7.5点未満。
 

東野圭吾「カッコウの卵は誰のもの」 2013年05月18日

カッコウの卵は誰のもの (光文社文庫)

 著:東野 圭吾
光文社 文庫
2013/02/13

 かつてトップスキー選手であった緋田宏昌には風美という一人娘がいる。小さなころからスキーを教えて育てた風美もスキーヤーとしての才能を開花し、アルペン競技における近い将来のスター選手として期待されていた。風美が所属する企業の研究者である柚木は、スポーツの才能について親子の遺伝子に着目して、緋田親子に研究の協力を求める。しかし緋田宏昌は拒否。彼は娘がまだ幼いころに妻を亡くした後、娘が実の娘ではないという事実を知り、それ以来、自分一人だけ秘密を抱えていたのだった。緋田が葛藤する中、風美の所属チーム宛てに脅迫状が届く。そして、合宿先のホテルで風美が乗る予定だったバスが事故を起こし、風美の実の父親と思われる男性が重体になってしまう。
 
 脅迫状や人為的な事故はあるが、終盤までさほど派手な展開は無い。同じ場所でクロスカントリーの合宿を行っている、柚木から遺伝子的潜在能力を見いだされたが、本当はスポーツではなく音楽をやりたい高校生・伸吾のストーリーが脇に描かれつつ、事態はわりと静かに進んでいく。そして…。最後に明らかにされる真相は、思いがけないところがつながって、一気にフィナーレを迎える。
 
 一応はハッピーエンドと言えるが、登場人物すべてにハッピーエンドとはならないので、ややすっきりとせず吹っ切れない気分が残った。すべてが分かったところで、細かいところでの疑問も出てくるので、その辺りでも評価が分かれるかもしれない。とは言え、物語の全体像はよく考えられており、ありきたりでは終わらないのがさすがの作品だった。7.5点。
 

法月綸太郎「ノックス・マシン」 2013年05月11日

ノックス・マシン

 イラスト:遠藤 拓人
角川書店(角川グループパブリッシング) 単行本
2013/03/27

 『本格ミステリとSFの美しき「融合」』『異形の奇想ミステリ集!』という売り文句が付いた「本格」SF集。あとがきによれば「本格」SFとは、本格ミステリを主題にしたSFの意だという。4編の短中編を収録している。3編目を除いて、虚実を織り交ぜた構成になっている。「実」の部分は英米推理小説の古典作品を俎上に載せて分析する内容で、ミステリ評論家としても活躍する作者の得意分野を活かした物語である。
 
「ノックス・マシン」数理解析モデルで文学を解析し再生産する(コンピュータが文学を書く)近未来のゴリゴリのSFワールドにて、推理小説の基本ルールとしてロナルド・ノックスが1928年に考えた「ノックスの十戒」を中心にガリガリの本格ミステリ論が展開される、ミステリ的にもSF的にも「本格」な作品。十戒にまつわる謎がSF的に解明される。しかし、なぜそこが時間の特異点だったのかという謎が残されたままになったのは気になった。7.5点。
「引き立て役倶楽部の陰謀」これはSFというよりむしろファンタジー?代名詞的存在のワトスン御大をはじめ、探偵小説に出てくる名探偵の相棒たちが組織する"倶楽部"で、ミステリの新潮流を阻止し、古式床しい探偵と相棒の形式を"作者"に遵守させるため、実力行使に及ぶべしという討議が始まる。クリスティ失踪事件の「真相」を明かし、最後はメタ構造をかぶせてきた。ミステリ評論に肉付けしてフィクションに仕立てたような作品だった。7点。
「バベルの牢獄」本編は古典ミステリは絡まない、奇想SF作品。データ人格への変換だとか鏡像人格技術だとか、なかなかアイデアが面白いなあ。ただ、難しい言葉がちりばめられている割に、その使い方などで科学的厳密性は低いかな、なんて思っていたが。。まさか!こんな結末が!!こんな仕掛けが!!!二度は使えない一回限りの大技だが、まったく想像の埒外で意表を突かれた。こういう意外性も好きである。8点。
「論理蒸発─ノックス・マシン2」第一話の続編。ネットのデータ空間上で文学作品が次々に"炎上"するという事態が起こる。鍵となるエラリー・クイーンの国名シリーズなど、古典探偵小説の深層が語られるとともに、炎上事件の現象と理由が、近代物理学の科学的事実とのアナロジーで説明される。誰がどうすれば事態を食い止められるのか。7点。
 
 古典推理小説にまつわる謎解きをSF的に展開したり、探偵小説趣味とSF趣味をこれでもかというくらいたっぷりと詰め込んだ内容はたいへんにマニアックで、読者を選ぶかもしれない。しかし作者の深い造詣の上に成り立つ、奇抜で凝った趣向が、なかなかのインパクトを持った作品集だった。

追記: 本書は、2014年版の「このミステリーがすごい!」で第1位、「文春ミステリーベスト10」第3位、「本格ミステリ・ベスト10」で第4位となった。
 

中山七里「間奏曲(インテルメッツォ)」ほか(「このミステリーがすごい! 2013年版」収録) 2013年05月05日

このミステリーがすごい! 2013年版

 編集:『このミステリーがすごい!』編集部
宝島社 単行本
2012/12/08

 先日読了したばかりの横山秀夫「64(ロクヨン)」が国内部門第1位を獲得した2012年の『このミス』。今年も『このミス』大賞出身の作家たちによる特別書き下ろし作品が4編収められていた。
 
中山七里「間奏曲(インテルメッツォ)」個性的な音楽家3人が招かれてやって来た地元の演奏会。そこで出会った、ステージに幽霊が出ると言う少年の演奏が始まろうとしたその時、鬼火が出現する。この鬼火出現トリックにはやや疑問を覚えるのだがどうだろう? 7点。
友井羊「ドッペルファミリア」『僕はお父さんを訴えます』で第10回(2011年)『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を受賞の人。ドッペルゲンガーが現れると主張する妻や家族の話が、事情聴取の場での一人称という形で語られて行く。言葉の裏に隠されている事件の真相は。7点。
法坂一広「哀しき陰謀」『弁護士探偵物語・天使の分け前』で第10回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞の弁護士。役人を仮想敵にして人気取りする政治家など、昨今の時事を題材として取り込んでいるのは良いが、弁護士の対応とかはあまり現実的に思えないかな。6.5点。
乾緑郎「完全なる首長竜の日 エピソード#ゼロ」ああ、読みたいと思いつつ、大賞作品『完全なる首長竜の日』をまだ読んでいない。タイトル通り大賞作の前日譚のようなので、本作を単独で読んでも感想にしづらい内容だった。(なので点数は無し)
 

大沢在昌「絆回廊 新宿鮫X」 2013年05月03日

絆回廊 新宿鮫]

 著:大沢在昌
光文社 単行本
2011/06/03

 新宿鮫シリーズの記念すべき10作目だ。2011年の「このミステリーがすごい!」第4位「文春ミステリーベスト10」と「ミステリが読みたい!(早川書房)」で第5位第30回日本冒険小説協会大賞受賞
 
 鮫島は偶然、街の売人から、お礼参りの警官殺害を企てている人物の存在を聞きつける。犯行を防ぐため、正体不明のその人物の調査に取りかかる鮫島だったが、調べていく内に危険な犯罪集団の関わりが明らかになり、鮫島自身が襲撃を受けたりと、不穏な空気が膨らんでいく。さらに恋人の晶がヴォーカルを務める人気バンド、フーズ・ハニィに麻薬疑惑が持ち上がり、鮫島はプライベートな方面にも問題を抱えることになる。
 
 緊迫感のある展開はさすがで、先に読んだ横山秀夫「64(ロクヨン)」とはまたまるで違った趣の警察小説で楽しめた。ただ、すべてが収まるところに収まるとか、ハッピーエンドであれ悲劇的であれ、きちんと決着が付いたかと言えば、宙ぶらりんなまま終わってしまった部分もあったりする。回収されなかった物語が、その先いったいどうなるのか気になる。
 
 そして本作内のエピソードばかりでなく、シリーズの全体像に関わる部分の今後が、さらに気になる結末となっていた。シリーズ設定の根幹に大きな変化が生じ、この先シリーズが続くならば、本作の結末はまさに転換点となるものだ。次作はどのようなものになるだろうか。作者はシリーズをどこまで続けるかとか、この先どうするかと言うことは決めていないらしい。スケールの大きな続編を期待したい。あ、しかしその前に、昨年上梓されている『鮫島の貌 新宿鮫短編集』を読んでおこう。7.5点。
 

横山秀夫「64(ロクヨン)」 2013年04月22日

64(ロクヨン)

 著:横山 秀夫
文藝春秋 単行本
2012/10/26

 長きの沈黙を破って、久しぶりの新刊だ。横山秀夫復活の一冊は、作者のデビュー作「陰の季節」などのD県警シリーズの流れを汲む渾身の力作である。2012年の「このミステリーがすごい!」と「文春ミステリーベスト10」で第1位を獲得し、先日発表された今年の本屋大賞では第1位に肉薄する僅差の第2位となった。
 
 ここ7年ほど新刊が出ていなかったのは、作者の体調不良によるものらしいが、元気になられたようで何よりだ。ただ、単行本こそ出ていなかったが、新作が無いわけではないらしい。雑誌に掲載された作品は、短編ばかりか、連載終了している長編が三作品もあるそうだ。新刊にならなかったのは、単行本にまとめるにあたっては大幅に手を入れるのが、この作者のスタイルで、その改稿作業が滞っていたためらしい。するともしかして、これから新作刊行ラッシュになるのだろうか。
 
 D県警シリーズということで、オーソドックスな警察小説のような犯罪を追う刑事の物語ではなく、管理部門の人物を中心に描いた物語になっている。「陰の季節」の二渡警視も主要人物として登場するが、本書の主人公は元刑事という異色の広報官である三上だ。彼の視点を軸にして、警務部と刑事部、あるいは本庁と県警という組織内の厳しい対立と苛烈なパワーゲーム、さらに報道陣との応酬と軋轢、そこに三上の家庭の事情も絡んだ、複雑なドラマが展開していく。
 
 激烈な世界に圧倒されるが、一方で、警官でも記者でもない身として、傍から見れば、たかが組織内の小競り合いではないかとも感じられる。重厚な物語に引き込まれながらも、その辺りに少しすっきりしないところもあった。ところが終盤、物語はその様相をガラリと変えて展開する。ロクヨンの符丁で呼ばれる昭和64年の未解決誘拐事件は、本書の中でずっと物語のキーとなる事件として語られていたが、あくまでそれは過去の事件であった。しかし最終局面に来て、このセピア色だった過去の事件が急に鮮やかな色彩を放ち出すのだ。これも最初は、混乱の極みの中でのドタバタ劇みたいなものになるかと思ったら、思いも寄らない真相が待ち受けていた。そこまでの展開の中に潜ませてあった伏線も次々と回収して行き、そこには強引に力業でねじ伏せた感もあるのだが、それは実に感嘆すべき見事な力業だったと言えよう。
 
 久しぶりに読んでみて、改めて作者の練達の業に舌を巻いた。とにかく読み応え抜群である。今後どんどん出てくるだろう新刊が楽しみだ。そして実は読み損ねている旧作もあるのだった。それも読まないと。8点。
 

東川篤哉「私の嫌いな探偵」 2013年04月18日

私の嫌いな探偵

 著:東川 篤哉
光文社 単行本(ソフトカバー)
2013/03/16

 烏賊川市シリーズの7冊目は「はやく名探偵になりたい」に続いて、再び短編集。おや、表紙絵が変わって今度は可愛い感じのキャラになった。お馴染みの3人が描かれているが、本書では戸村流平の登場はあまり無く、おもに鵜飼杜夫と二宮朱美がコンビになって活躍している。
 
「死に至る全力疾走の謎」男が全力疾走でビルの外壁に突っ込んだのはなぜか。無理が無いわけではないが、面白い謎解き。7点。
「探偵が撮ってしまった画」探偵が浮気調査のために撮った写真が事件の引き金に?登場するトリックは古典的で単純なもののみ。6.5点。
「烏賊神家の一族の殺人」ミステリ部分はしょぼいのだが、唐突に出てきた《ゆるキャラ名探偵》(ってなんだ!?)剣崎マイカのおかげか、お笑いポイントは高かった。7点。
「死者は溜め息を漏らさない」崖から転がり落ちてきた男の口からはき出された謎の発光物体の正体は?6.5点。
「204号室は燃えているか?」鵜飼たちが監視中の部屋で火事が発生し、一人の死体が発見された。部屋にはもう一人いたはずだが…。7点。
 
 今回は全体にいまひとつの印象。とくにミステリ的に弱い。笑いの要素はまあまあだったが、切れ味が良いというほどでもなかった。そろそろまた力のこもった長編を読みたいところだ。
 

有栖川有栖「江神二郎の洞察」 2013年04月12日

江神二郎の洞察 (創元クライム・クラブ)

 著:有栖川 有栖
東京創元社 単行本
2012/10/30

 そうなのか、江神シリーズってこれが初短編集なのか。ちょっと意外。なんと本書に収録の『やけた線路の上の死体』作者の短編デビュー作で27年前の作品。この後、長編『月光ゲーム Yの悲劇'88』で本格的に作家デビューした。本書の収録作の初出は1986年から2010年、プラス書き下ろし1作で、ある意味作者の歴史をたどる作品集となっている。作品内の時代はアリスの英都大学推理小説研究会(EMC)入部からマリアが入部してくるまでの1年間。昭和の最後の時代だ。「本格ミステリ・ベスト10」(2012年)第6位
 
「瑠璃荘事件」(初出2000年)アリスが英都大学推理小説研究会に入部したての頃の話。望月の下宿先で隣の部屋から講義ノートが盗まれた。望月にかかった濡れ衣を晴らせるか。7点。
「ハードロック・ラバーズ・オンリー」(初出1996年)アリスがロックカフェで出会った、名前も知らないが顔見知りの女性に、預かっていた忘れ物を渡そうとするのだが…。爽やかな掌編。7点。
「やけた線路の上の死体」(初出1986年)記念すべき第1作にして、もうすでにキャラや世界観は定まっていたようでほとんど違和感がない。本編は日常の謎系ではなく、しっかりと殺人事件が起こる。謎解きのメインフィールドは鉄道関連。7.5点。
「桜川のオフィーリア」(初出2005年)「ハムレット」の登場人物のように川で命を落とした少女。彼女の死に顔を収めた写真がなぜ存在するのか。リアリティのある心理とは思えないが、物哀しく切ない青春の一コマ。7点。
「四分間では短すぎる」(初出2010年)アンソロジー「Mystery Seller - とっておきの謎、売ります。」にて既読。
「開かずの間の怪」(初出1994年)お化けが出ると噂の廃病院にやって来た推理小説研究会の4人。いかにも学生の遊びで、楽しそうだ。期待に応えて現れた怪現象の正体は?7点。
「二十世紀的誘拐」(初出1994年)いきなり身代金受け渡しの場面。しかし身代金は1000円と、冗談のような誘拐劇だった。かさばる絵画は如何にして「誘拐」されたのか?7点。
「除夜を歩く」(書き下ろし)天皇重篤で世の中が騒がしい大晦日の夜に、作中作として登場する望月周平の習作を話のタネにして、江神とアリスのミステリ談議となる。7点。
「蕩尽に関する一考察」(初出2003年)マリア登場。古書店店主が気前よく金を使いまくるようになった理由は何なのか。謎の解決とともに、マリアが入部する。7.5点。
 
 シリーズ長編はどっしりと重厚な本格指向なのに対して、短編の、とくに短めの話では日常の謎系が多いアリスの大学生活最初の1年間ということで、各短編の中では夏の事件(『月光ゲーム』)が色濃く影を落としていた。そろそろ一度、再読してみようかな。さて、作者の予定では江神(学生アリス)シリーズは長編5冊・短編集2冊で終了するつもりらしい。つまりあと1冊ずつである。あと2冊は楽しみだが、それで終わってしまうのは寂しくもあり。
 

東野圭吾「禁断の魔術 ガリレオ8」 2013年03月30日

禁断の魔術 ガリレオ8

 著:東野 圭吾
文藝春秋 単行本
2012/10/13

 ガリレオシリーズ第8弾となる本書は、シリーズ初の全編書き下ろし作品という一冊である。「文春ミステリーベスト10」(2012年)では第8位にランクイン。
 
「第一章 透視す(みとおす)」事件の動機につながった、被害者が得意にしていた透視マジックのトリックを見破る。若干無理を感じるところもあった。7点。
「第二章 曲球る(まがる)」変化球にキレが無くなり野球人生の岐路に立っていたプロ野球選手の妻が殺された。亡くなる前の妻の秘められた行動の理由は。7点。
「第三章 念波る(おくる)」瀕死の重傷を負った被害者の危機を、遠く離れた場所にいた双子の妹が察知したのはテレパシーだったのか?7点。
「第四章 猛射つ(うつ)」分量で本書の半分近くを占める中編。長いのは伊達ではなく重層的な構造で読ませる。高校物理部の先輩として湯川が指導したことがある青年の事件に、湯川も客観的な第三者ではなく当事者として行動を起こす。7.5点。
 
 科学犯罪トリックを湯川が看破して犯人を追い詰める、というのが従来このシリーズの基本プロットだが、本書の前半3作品で解明されるのは犯行に使われたトリックではなく、事件の周辺や背景にあった謎の部分だ。と言うこともあって、事件そのものよりも、むしろそれにまつわるドラマが中心の物語になっていた。もちろん出来は悪くないのだが、やや構成が強引な印象も受けた。ラストの中編は、これまでの長編作品にも比肩する良作
 
 ところで「ガリレオの苦悩」「聖女の救済」「虚像の道化師 ガリレオ7」「禁断の魔術 ガリレオ8」(本書)をもとにして新たなテレビドラマシリーズ(主演:福山雅治)がこの4月から始まるそうだ。そしてシリーズ6冊目の長編作品「真夏の方程式」をまだ読み損ねているのだが、こちらは映画化されて今年6月に公開予定らしい。読まないと。
 

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